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豪徳寺境内
E豪徳寺仏殿


豪徳寺仏殿

豪徳寺仏殿は、寛文から延宝年間にかけて行われた大造営事業の中心的建造物である。この事業を進めたのは、井伊直孝の妻春光院とその娘掃雲院のふたりである。

仏殿は、掃雲院が藩主直澄の菩提を弔うために延宝四年(1676)、建設に着手し、翌延宝五年(1677)に完成した。豪徳寺四世天極秀道の代で工匠星野市左衛門尉積則らが造営に当たった。

当時流行した黄檗様式の影響が随所に見られるとともに絵様肘木など得意な様式が使われており、建築史学上、また技術的にも価値の高いものである。

世田谷区教育委員会掲示より

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