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ハチ公広場の蟻

渋谷のスクランブル交差点をセンター街よりハチ公広場へ向かうと右手がハチ公の銅像、左手が渋谷交番、地下街への階段の横にみどりの東横線の電車がある。

スクランブル交差点を渡り終える時に顔を上げると、正面に一見して貧しいと分かる身なりの大学生が立っていた。顔は恥ずかしそうにうなだれて見るからに元気が無く、そこに立ち止っていることがいかにもつらそうな雰囲気であった。

その右手には小さな段ボールの紙が掲げられており、そこにはマジックで書いた細い字で「憲法9条を守ろう」とあった。

戦争を起こそうとする年寄り達が自分は戦場に行く気は毛頭ないこと、戦場に
行かされるのは大学生達であることを彼は知っていたに違いない。

多くの人々が何事も無いようにただ通り過ぎていく、ハチ公広場では何をしても誰も気に留めることはない。ハチ公広場を通り過ぎてヒカリエに向かった時、あの大学生は自分の行為のインパクトが分かっているかなとふと思った。

彼がその後どうしたかは知らない。何もなく時間が過ぎて自分の行為の空しさを感じて立ち去ったかもしれない。或いは、携帯に一斉同報で連絡される通りに、この手の批判行為に嫌がらせや密告をしてお金をもらっている数十万人の一般人の誰かに狙われたかもしれない。いずれにせよ良いことはなかったろう。

しかし、多くの人々が無反応な中で彼の行為を見て、頭の中で「憲法9条を守ろう」を繰り返していたことを彼は知らない。

数多くの政官財の利権集団が必死で守っている既得権の大きな堤防が蟻の一穴により崩壊していく、蟻になったことも彼は知らなかっただろう。

その後彼をハチ公広場で見かけることは無くなった。


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